而して

ノートとかメモとか。

局所化の問題(演習1.8.5)

Reference: 雪江明彦『代数学2 環と体とガロア理論日本評論社, 2010.

代数を学び始めてから、最近、同じ問題をずっと考え続けている事が多い。実数論や解析の場合、信じられない結果や定理が得られたとしても、自明とはいえない「連続性の公理」の輸入を認めたことによって生じているのだと、何となく納得することができるが、代数学の場合、仮定するのは自然な条件ばかりで、それを元手として様々な対象に名前を付けていっただけなのに、どうしてここまで難しく感ぜられるのかとても不思議でならない。どこかで「人間の思考路は演繹よりも帰納する」旨の文章を見た記憶があるが、きっとこの類の現象が一枚噛んでいそう。人間というのは多様な例から本質を見出すのが得意な生物だから。

問題

 A を環,  f \in A を零因子でない元とするとき,  A[1/f] \cong A[x]/(fx-1) であることを証明せよ. (演習1.8.5)

解答

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図を考えれば,  \pi(f) = f + (fx-1) について  (f+(fx-1))(x+(fx-1))=fx+(fx-1)=1+(fx-1) であるから,  \pi(f) は単元であるので,  \pi(f ^ m) = \pi(f) ^ m\ (m=0,1,2,\cdots) は単元となる. 局所化の普遍性から準同型  \psi:\ A[1/f] \rightarrow A[x]/(fx-1),\ a/s \mapsto \pi(a)/\pi(s) が存在して, 

 \psi(1/f) = \pi(1)/\pi(f) = 1/(f+(fx-1)) = x + (fx-1)

である.

(これが全単射であることを示そうとすると議論がやかましくなる)

 \phi:\ A[x]/(fx-1) \rightarrow A[1/f],\ x + (fx-1) \mapsto 1/f は準同型で,  \psi の逆写像だから,  A[1/f] \cong A[x]/(fx-1). (終)

局所化の普遍性を用いる上で, 準同型写像  \varphi:\ A \rightarrow A[x]/(fx-1) をどうとるか迷った. 生じる  \psi \psi(a/s)=\varphi(a)/\varphi(s) となる点で,  \psi の「表現力」に影響を及ぼすからである.

考え方だが,  A[1/f] \rightarrow A[x] という準同型写像として 「 1/f x を代入する」つまり 「 f 1/x を代入する」ようなものがまず浮かんでくる. この問題の鍵は,  1/f x , または  f と 「 1/x」 をどうやって対応させるかという点に尽きる. もちろん  1/f A[1/f] 上の概念であるし, 「 1/x」 についてはどこにも現れていない概念なので, 直接に代入することはできないが,  1/f や 「 1/x」 を表現するために  (fx-1) による  A[x] の剰余環を考えているのだと分かる. そこで,  A[x]/(fx-1) 上で, 「 1/x」 に対応する概念は何かというのを考えてみれば,  (f+(fx-1))(x+(fx-1))=1+(fx-1) が成立つのだから,  f+(fx-1) x+(fx-1) は逆元の関係にあるので, ちょうど 「 1/x」と  f+(fx-1) が対応している( f+(fx-1) が 「 1/x」を表現してくれている). そこで  \varphi A \ni f \mapsto f + (fx-1) \in A[x]/(fx-1) と対応づけてくれたら,  \varphi の「分数形」である  \psi も同様の対応を表現できるはずである. だから,  \varphi A から  A[x]/(fx-1) への自然な準同型  \pi として取る発想に至る.

 f のべきを分母に持たせる局所化と, 1変数拡張して  (fx-1) で剰余を考えるのは同じことだ」という帰結は、環構造の考察としてなかなか意義深い気もする。

無理矢理(というか自然に?)概念を拡張して、存在するかどうか分からない逆元を、人工的に表現するという技法(局所化)が、職人のそれっぽくて格好よかった。